[賢人インタビュー]
ゲスト: 白澤 卓二(白澤抗加齢医学研究所 所長 医学博士・お茶の水健康長寿クリニック 院長)

健康と老化防止に大きな役割を果たすとして今注目されているのが、腸内細菌です。2018年11月17日、社団法人日本アンチエイジングフード協会主催で開催された「腸内細菌講座」で、千葉大学大学院環境生命医学教授 森千里氏、同協会理事長の白澤卓二氏が最新の研究成果を紹介しました。

腸内細菌に関する最新研究成果の紹介

白澤所長による、腸内細菌の働きと脳機能とのかかわりや老化防止についての解説

腸は第2の脳である

白澤:米・カリフォルニア州立大学のエレーヌ・シャオ教授は、腸内環境のバランスを改善することで、自閉症の症状を改善できる可能性をマウスの実験で示し、注目を集めています。シャオ教授が人工的に作成した自閉症マウスの腸を調べると、腸内細菌のバランスが崩れて、腸管バリアが破たんしていました。そのため、腸内の毒性のある物質がそのまま脳を攻撃して、自閉症が発症していたのです。

そこで研究チームがヒトの日和見感染菌として知られているバクテロイデス・フラギリスを自閉症マウスに与えたところ、異常行動が減少して、自閉症の症状が改善しました。そのマウスの腸を調べてみると、腸内細菌のバランスが調整され、バリア機能が復調していたのです。

マウスで腸内環境が神経系に作用していることが明らかになったことで、ヒトの認知機能、感情制御、精神的健康にも腸内細菌が関与している可能性が出てきました。つまりまさに「腸は第二の脳」で、心の病も脳ではなく腸を治すことで改善できる可能性を示唆しています。今後は子供の精神発達障害だけでなく、高齢期の認知機能低下に対しても、腸内環境改善によるアプローチが期待されます。

食欲をコントロールしているのも腸内細菌の代謝であるという研究もあります。ポルトガルのシャンパリモード未知問題研究所のカルロス・リペイロ博士らの研究チームは、腸内細菌が脳に指令を出して食べ物の嗜好や食欲をコントロールしている可能性を示唆しています。

彼らはショウジョウバエを使って実験したのですが、野生のショウジョウバエが持つ5種類の腸内細菌のうち、2種類だけがたんぱく質の豊富な餌への食欲を抑える作用を持つことがわかりました。タンパク質への食欲というのは、アミノ酸が不足している時に生じることは分かっているのですが、その2種類の細菌というのはアミノ酸を作り出すわけではない。つまり、食欲が抑制されるのは、それらの細菌が脳をコントロールする物質を出していて、それによって食欲をコントロールしているということです。

この研究成果から類推すると、肥満のコントロールに野菜を多く食べる食生活が推奨されるというのは、食物繊維の豊富な食事によって腸内の善玉菌が増え、食欲や食事の嗜好が無理なく自己制御される一方、加工食品や肉中心の偏った食生活は、腸内の悪玉菌を増やし、食欲を制御できなくなっている可能性があります。

腸内細菌が健康寿命を延ばす

白澤:腸内細菌によって、健康寿命が延びる可能性があるという研究を紹介しましょう。つまり、腸内細菌で「ピンピンコロリ」が実現できるか、という話です。

米・エモリー大学医学部のダニエル・カルマン博士は、線虫に特殊な餌を与えると、死の直前まで活発に動き回って、生殖活動も維持する現象に注目しました。線虫が餌とする大腸菌には、インドールという化学物質を産み出すタイプと、産み出さないタイプがあるので、インドールを分泌する大腸菌と、そうでない大腸菌をシャーレに撒いて、その上で線虫を飼ってみたのです。すると、インドールを分泌している大腸菌を食べた線虫の方が死ぬ直前まで活動的で、生殖機能も若いことがわかりました。

さらに驚くべきことに、マウスの腸内にインドール祖生み出す大腸菌を移植すると、マウスは高齢になっても活動的で若々しさを維持していました。そのメカニズムは、インドールによって腸管バリア機能を支えることで、炎症を抑え、リーキーガット症候群(腸で排除されるべき有害物質が体内に漏れてしまうことで発生するさまざまな障害)を防ぐというものです。すなわち、腸内環境を若く保つことが健康長寿を延ばす要になる、とカルマン博士は主張しています。

インドールは、ブロッコリーやケールなどの緑黄色野菜に含まれている栄養成分で、がんの予防効果も報告されています。つまり、ピンピンコロリを遂げるためにも、これらの野菜を摂取して健康的な食生活を送り、いつまでも腸内環境を良い状態に保っておくことが重要でしょう。

また、玄米などの全粒粉穀物が腸内環境を改善し、免疫機能を向上するという研究成果もあります。米国ボストンのタフツ大学のダヨン・ウ博士らは、精製穀物の多い食事を摂取した群と全粒穀物の多い食事を摂取した群の腸内細菌を比較し、後者の方が短鎖脂肪酸を作るラクノスピラという微生物が増え、炎症を誘発するエンテロバクター科の微生物が減り、炎症も抑えられていることを明らかにしました。

短鎖脂肪酸は、生活習慣病やがん予防、食欲の制御などに重要な役割を果たしているとされています。病気予防のためにも精製穀物より玄米などの全粒穀物の摂取をお勧めしたいですね。

腸内環境を変え認知症リスクを高めてしまう薬

白澤:小麦のグルテンや牛乳のカゼインへの警鐘を鳴らすデイビット・パールマター博士は、著書「『腸の力』であなたは変わる」の中で、腸内環境と認知機能の関連性を詳細に記載しています。

必要以上の抗生剤の投与は、腸内環境を悪化させ、グルテンによる腸の炎症を促進させる要因の一つですが、高齢者に長期的に処方されがちな「プロトンポンプ阻害剤(PPI)」も、腸内環境を悪化させ、腸の炎症を促進する要因であると指摘しています。

PPIとは、胃酸分泌をおさえる薬で、胃潰瘍や逆流性食道炎などによる胃痛や胸やけを抑える薬で、日本でも日常的に処方されています。非常に強い薬で、胃酸がなくなることによって当然、栄養素の吸収も悪くなるだけでなく、腸内環境もガラッと変わります。

本来ならば2、3日飲んで症状が治まればそれ以上は飲む必要がないと思われる薬なのですが、5年も10年も服用し続けることで腸内環境が変わってしまい、今ではアルツハイマー病の原因の一つとも言われています。

PPIの長期投与が認知症のリスクの一つになる、と主張するドイツの神経変性疾患センターのブリッタ・ヘーニシュ博士は、認知症を発症していない75歳以上の高齢者7万3679人を対象に、PPIの服用と認知症の発症の関連性を6年間に渡り追跡調査しています。その結果、PPIが長期投与された高齢者は、されなかった高齢者に比べて認知症の発症リスクが44%も高いことが分かったのです。さらに年代別のリスクを検討すると、75~79歳で69%、80~84歳で49%、85歳以上で32%と、投与年齢が若いほうが認知症の発症リスクがたかくなっていました。すなわち、60~70ぐらいでPPIを飲んでいる人が最大のリスクターゲットになっているということを指摘しています。

さらに驚くのが、PPIの長期投与に伴う認知症の発症リスクは、糖尿病、うつ病、脳卒中よりも高かったということです。高齢者がPPIを処方される逆流性食道炎や胃痛・胸やけは、不規則な食生活や食べ過ぎ、肥満、ストレス、運動不足などの生活習慣が原因になっていることが知られています。この薬を使う前に、肥満をコントロールして、運動しましょうという指導を内科医はすべきなんです。高齢期の認知機能を保つためには、PPIの長期投与は避けて、生活習慣を見直すことが大事です。

腸内細菌による認知機能改善の可能性が見えてきた

白澤:最後に紹介するのは、ケトン食ダイエットによって、小児てんかんが抑制されるのも腸内細菌の作用だということが分かったという研究です。ケトン食によって脳の海馬のGABAという神経伝達物質の濃度が高まることで、てんかんが抑制されることは分かっていましたが、その理由は分かっていませんでした。

先ほども登場した米カリフォルニア州立大学のエレーヌ・シャオ博士によると、マウスに抗生物質を投与して腸内細菌を死滅させると、ケトン食を与えても抗てんかん作用が観察されませんでした。さらに、ケトン食を与えた時、2種類の腸内細菌が増えることに注目し、この2種類の腸内細菌をマウスに移植するとてんかんが治まることも明らかにしました。

つまりこの研究では、脳を鎮静化させる特別な腸内細菌を特定できたことになります。今後は、認知機能を改善できる腸内細菌を増殖させたり移植したりすることにより、高齢期の認知機能を改善するという新たな治療の道が開けるかもしれません。

いずれにしても、無駄に抗生物質を使うことや、過度なストレス負荷は腸内環境に悪影響を及ぼして、認知機能を衰えさせる可能性があるので、避けたほうが良いということです。

(取材・文:板垣朝子 写真撮影:宮地たか子)

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