[賢人インタビュー]
 ゲスト:山口育子(NPO法人ささえあい医療人権センターCOM)

生きる上で、医療とのかかわりを避けることは、まずできません。岩波新書『賢い患者』(2018年6月刊行)の著者・山口育子氏は、20代で発症した卵巣がんとの闘病経験をきっかけに認定NPO法人ささえあい医療人権センターCOML(コムル)に参加。患者の目線から、医療現場に良いコミュニケーションを築く活動に30年近く取り組んできました。高齢者が患者として主体的に医療と関わるためには何をすればいいのか、周囲はどう支えればいいのか、山口さんの体験を交えてお話しいただきました。

変わりつつある医師と患者の関係

―山口さんの著書「賢い患者」の帯には、「医師との付き合い方で悩んでいませんか?」とあります。山口さんから見て、この30年で医師と患者の関係はどう変わってきていますか?―

山口:私が卵巣がんで入院したのは1990年でした。「医療は専門性が高い。医師は権威者だから、黙って言われた通り従えばいい」と、医師と患者の両方が思っていました。医師は「患者に難しいことを説明しても分からない」と考えていたし、患者も「いくら説明されても、難しいから分からない」と諦めている人が多かった。
でも私は、どんなにマイナスなことでも、自分のことは自分で知った上で決めたいと思っていたので、検査結果や病状について、分からないことはすべて医師に質問していました。そんな患者は珍しかったようで、「先輩たちは『厄介な患者だ』と言っている」と同年代のナースにそっと教えられたりしました。「自分のことを知りたいと望むから」だそうです。今では考えられませんが、当時はそんな時代でした。
変わり始めたのは1990年代半ば頃からで、医師の権威がどんどん崩れ始めた。やはり情報社会になって、今までは病院という密室の中で行われていたことが明るみになるようになってきた。最たるものが薬害エイズ事件ですね。血友病の大家だといわれていた教授が情報操作を行っていたことが明らかになりました。さらに1999年には肺手術の患者と心臓手術の患者の取り違えや点滴による消毒薬の誤投与で患者が死亡するなど、重大な医療事故が立て続けに起こりました。

でも、医療事故がこの時期に急増したかというと決してそういうわけでなく、報道が増えたことで目につくようになったのだと思います。すると、「病院は信用できない」「何を信じればいいんだ」という方が増えた。これまでは声を上げなかった方も、医療に対して納得いかない時には「ミスかもしれない、事故かもしれない」と訴訟を起こすようになりました。患者の意識が大きく変わったのだと思います。
ちょうどそれがCOMLの活動を始めて約10年経過したころでした。医療現場からは、病院探検隊として病院の中を見て欲しい、あるいは模擬患者として医療者のコミュニケーショントレーニングの相手をしてほしいといった依頼が来るようになりました。

COMLが設立以来意識していたのは、通常の人間関係と同じような関係を、医療者と患者の間にも構築すること。たとえば、親しい人から「あなたとはずっと友人を続けていきたいけど、ちょっと気に入らないことがいくつかあってね。これやめてくれる、ここは直して」と嫌なところばかり指摘されたら、おそらく直そうと思う前に、頭にきたり、逃げたくなったりするでしょう。
医療者も人間ですから、非ばかり攻め立てられたら辛いし、本気で変わろうとは思えないでしょう。「COMLの言うことなら、ちょっと耳が痛いけれど聞いてみよう」と心を開いてもらえる関係が10年間で培われていたのだと思います。そうして受け止めて、「変わらなきゃ」と思ってもらえて、初めて行動変容が起こると思うのです。

医師とのコミュニケーションは日常の延長

―そうして10年かけてまず「コミュニケーション」のスタートラインに立てた、ということですね。医療の現場における医療者と患者のコミュニケーションで特に留意すべき点というのはありますか。―

山口:医療者と患者のコミュニケーションというのは特別なものではなく、日常生活の上級編、応用編だと私は考えています。日本人は日常のコミュニケーションが苦手な人が多いです。まして、医療の世界では専門用語が出てくるし、緊張しているし、命に係わることや怖いことを言われるかもしれない。そこで日常以上のコミュニケーション力を発揮することは難しいと思います。
とはいえ、コミュニケーション力を簡単に上げるノウハウはありません。まず自分の課題に気づいて、日常生活の中で「ちょっとここに気をつけよう」と意識することで、日常のコミュニケーションを豊かにしていくことが大切です。

たとえば、一回の説明で分かってもらえず、そこでうまく言い換えができないという課題があるとすれば、それは「語彙数が少ない」ということですから、操れる言葉の数を増やすために、できるだけ活字に接していくことも大切です。あるいは、人の話を聞くときに早合点する傾向にあるというのが分かれば、理解できるところまで聞くように気をつけようとか、そういうことをするだけでも違ってきます。

―山口さんはお医者様に分からないことをなんでも質問していたとうかがいましたが、それもなかなか難しいです。―

山口:質問は日々の積み重ねだと思っています。分からないのにスルーしている人が、いま、ものすごく多いんです。だから「まずは分からないことに敏感になる」「分からないと思ったら、聞く」ことを心がける。
そして私は質問以上に「確認」が大事だと思っています。話を聞いて理解できたと思ったら、最後に、「今日のポイントを確認していいですか」と言って、1つ目がこれ、2つ目がこれ、と確認していく。「その通りです」と言われたら、自分の理解が正しかったことが確認できます。
注意したいのが、「同じ言葉」に対するドクターと患者のイメージの食い違いです。たとえば、「抗がん剤が効く」というと、一般の人は7、8割の確率でがんが消えてなくなるのだろうと期待される。でも医療の世界では、固形がんであれば3割ぐらいの確率で少し小さくなれば「効いた」と評価の対象になります。イメージが乖離したまま6クール治療を行った後、少しがんが小さくなった。すると、医師としては「まあまあ効いた」と評価する。

―でも患者から見れば、「7、8割の確率でなくなると思っていたのに、あんなつらい思いしてちょっと小さくなっただけなの?」ってなりますね。―

山口:もう6クール終わった後で、「そこまで効く抗がん剤はまだないです」と言われても、言い訳にしか聞こえない。そこから不信感が生まれます。治療の説明を聞いた時点で「じゃあその治療を受けたらこうなるって期待していいですか」と確認できていれば、期待のずれを修正できます。
そういうことを日常から意識すること。あとは年齢とともに「あれ」「これ」「それ」で話すことが増えるので、きちんと言語化すること。医師に分かりやすく説明するというだけでなく、「相手が話しやすくなる情報の引き出し方」を常日ごろから心がけることです。
医師だって人間ですから、こちらのちょっとした言い方でむっとすることもあります。それよりは気持ちよくしゃべってもらった方が、お互い気分がいいし、自分の欲しい情報も得られる。そうしたことを常に意識することで、年齢が上がってからもコミュニケーション力は伸ばすことができると私は思っています。

最後まで生きるための伴走者

―一方で、歳を重ねると、どうしても高齢者の方特有の問題が出てくると思うんです。たとえば、山口さんの著書の中でも「高齢になってくると言葉がうまく頭の中でつながらなくて、きちんと説明していただいても把握できない」というお話がありました。そうした時、どう対処すればよいのでしょうか。―

山口:やはり、誰かと一緒に聞きに行くということでしょうね。自分ひとりだと忘れてしまうことも多くなると思います。そんな時、もう少し理解力のある人、私たちは「キーパーソン」と言っていますが、その人に同行してもらう。
たとえ認知症の方であっても、「意思表示はできることがある」と専門家の方はおっしゃっています。ご本人を無視するのは良くない。まずはご本人も一緒に聞いて、たとえ説明がわからなかったとしても病気を理解してもらうことが大事です。

2017年の夏に亡くなった私の母は、自分の病気について「難しいことは分からない」と、私が母のために良いと思って決めてくれたらいいと、完全に私に依存していました。でも、いよいよもうこれは治らないとなった時、私はそのことを母自身に理解してもらう必要があると思いました。
そのために作戦を立てました。まずは「残念だけど、この病気は治らない」と伝えました。母は最初、慢性疾患で治らないと受け止めていたようです。そこで、忙しくてほとんど帰っていなかった実家に頻繁に顔を出し、できる限り受診も付き添いました。すると母は、「あんなに忙しい娘がこんなに頻繁に来てくれるということは、もしかして助からないんじゃないか」と思い始めた。そう思わせるのが意図だったんです。
そして「来年本を出すことになったので、それまで頑張ってね」と言ったら、その時は「うん」と言っていたのですが、しばらく考えたんでしょうね。義妹が診察に同行した時に、「何か娘が来年本を出すらしいんですよ。それまで頑張ってと言われたので、来年までは厳しいということですかね」とドクターに言ったのだそうです。それを聞いて、もうだいたい分かってきたなと。その頃から、「もしもの時は父の時と同じでいい?」という会話ができるようになり、弟夫婦には貯金のことや準備していた死装束のことなども話せたようです。
病気のことを自分でちゃんと考えて結論を出せる方もいると思います。でもそれは千差万別だし、理解力がどうしても落ちてくる。サポートしてくれる伴走者の存在は必要です。

―伴走というのは、「治療のため」ではないんですね。「最後まで生きる」ための伴走。―

山口:医療を知らない人では難しいこともあります。これも母の話ですが、ある日弟から「母が『輸血は延命治療じゃないか』と言い出して聞かない」と困り果てた電話がかかってきました。もともと母は「延命は嫌だ」と言っていたので、納得がいかなかったのでしょう。そこで私が電話を代わって、「輸血は延命だけど、輸血することで元気を取り戻して、今しゃべって笑ってごはん食べられるでしょ。延命の中でも、やっても無駄な延命もあるけど、そうやって元気に回復できるうちは、意味がある延命じゃないの」と言ったら受け入れてくれました。

―意味のある延命と無駄な延命、という仕訳は、確かに医療を知らない人には難しそうです。―

山口:医療の限界、不確実性、そして現実を多くの人に分かっていただくことで、冷静に医療を受けられるようになり、冷静にサポートできるようになるのではと思っています。
だいたい、とくに高齢になると、治せる病気のほうが少ない。医師からは、「病気をする前よりもいい状態にしてほしい」ということを期待してこられる患者さんもよくいるという話を聞きます。でも実際には、病気をする前と同じ状態、プラスマイナスゼロになるだけでも万々歳なんです。車の修理工場じゃないんですから。
だから私は、医療を受けるときは「医療の力で私の病気はどれぐらい回復しますか」という発想で話を聞いたほうがいいと思っています。自分自身が28年間、医療の不確実性と限界に常に直面する日々を送ってきて、その結果過度な期待はしない患者になりました。
でも諦めてもいないです。どういうことなら医療の力を借りることができて、どんなことなら質問をして答えてもらえるかが、取捨選択できるようになった。これはある意味冷静に医療を受けられるようになったのだと思うんですね。

―「過度な期待はしないけれど、諦めもしない」というのは、すごくいい言葉ですね。―

山口:過度に期待するか、納得いかない結果になって不信感に180度転換してしまうか、どちらかになる人が多いんです。それは不幸だと思うんですよね。極論を言う週刊誌の記事や医療否定本が話題になりますけど、医療って、そんなに白黒はっきりできることなんてないんです。

患者にも伴走者にも役割がある

―ちゃんと医療の限界を分かって受け止め、最後まで生きていくためにはどうすればよいのでしょうか。―

山口:病気に向き合うというのは医師と患者、そして周囲の関係者の協働作業。だから患者にも自分の役割がある。「薬を決められた時間に飲みなさい」と医師がいくら言葉を尽くしても、実行するのは患者です。生活習慣だって、医師は患者の代わりに食事はできないし、運動もできない。努力できるのは患者自身。
協働作業のためには、患者から医師に対して、分からないこと、疑問、困っていることなど、隠さずに言うことです。医師から見ると、患者は何に困っているのかが分からない。言えばなんとかしてもらえることも多いのに、遠慮なのか言っていいと思っていないのか、言わない人が多い。
その人が大事にしたいことって、医師には想像できないんです。たとえば、手術を勧められた時に、孫が抱けなくなるんじゃないかとかね。医師は治療することが最重要なので、生活の中でもっと大事なものがあるという発想にはなかなかならない。だからそこは言わないと伝わらない。
ナラティブ・ベースド・メディスン(Narrative Based Medicine)といって、患者の話を聞いたうえでどうするか一緒に考えるという方法を取り入れている医師もいます。「患者の人生、患者の考え方は、患者が語らない限り医師は理解できない」と考え、尊重するという発想ですが、そういう医師は少数派ですから、希望があれば自分から言った方がいいです。

―協働作業のためのコミュニケーションには、伴走者としての家族の存在が重要だということでしょうか。―

山口:家族だけでのサポートでは難しいと思いますが、やはり家族、とくに子供の役割が大きいのは事実です。50代の私たち世代が集まれば必ず親の介護、病気の話題になります。親はまだ健在で、でも少しずつ理解力が落ちてきてという人は、周囲にたくさんいます。
私たちの親の世代は、若い時にあまりそんなことを考えていなかったかもしれない。でも、今の50代よりも若い人たちが、今から、医師と協働作業で病気に向き合える「賢い患者の家族」になるためにさまざまなことを知る努力をしておくと、自分自身も「賢い患者」の予備軍になれるのではないかと、そう思います。

―ありがとうございました。―
(取材・文:板垣朝子 写真撮影:宮地たか子)

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