[賢人インタビュー]
 ゲスト:藤井まり(精進料理家)

健康に人生を楽しむために、疎かにしてはならないのが「食べる」ということです。身体に良いものを食べることはもちろん大切ですが、それ以上に大切なのが「どのように食べるか」ということではないでしょうか。藤井まり先生は、鎌倉で精進料理教室「禅味会」を主宰し、70歳を過ぎた今でも年に数回は海外に出かけて精進料理をふるまわれています。結婚するまではほとんど料理をする機会もなかった藤井先生がこの道に入ったきっかけ、精進料理の魅力、そして精力的に海外に出かけ、若い人たちに精進料理を伝えたいと思う理由について語っていただきました。

精進料理は飽きない料理

―先生が精進料理の道に入られたきっかけを教えて下さい。―

藤井:何がきっかけ、というのはないんです。和尚(故・藤井宗哲氏)と結婚して、家の仕事として一緒にやってきて、気がついたら自分の仕事になっていました。

和尚は5歳の時から小僧として僧堂で修行しておりまして、大人になってからは典座(食事の担当)を10年以上勤めておりました。不識庵というこの庵の名前も、和尚がつけました。

「不識」というのは「わからない」という意味です。中国の梁の時代に、達磨大師にたくさんの喜捨をした武帝という皇帝が「これだけのことをしたらどんなご利益があるでしょう」と大師にたずねたところ、「不識」と答えて去ってしまったという逸話から来ています。

―なぜそれが庵号になったのでしょう?―

藤井:それは私もわかりません(笑)。和尚が、自宅を称して、この名前をつけました。10年以上も禅僧として、禅問答を一生懸命やっていた時代がある人だからなんでしょうかね。

―禅の心と精進料理には密接な関係があると思うのですが、あらためて、精進料理とは何か、教えて下さい。―

藤井:精進料理は、もともとは仏教寺院で修行する人のエネルギーの源にするための食事です。仏教は殺生を禁じていますから、基本は、「追いかけて逃げるものは食べない」、すなわち動物は食べないということ。また、「においの強いものは食べない」、具体的には五葷(ねぎ、にら、たまねぎ、にんにく、らっきょう)も使いません。

お寺では、食事も修行の一つです。お坊さんたちは衣をきっちり着けて、一切音をたてずに食事をされます。特に曹洞宗では、道元様が「典座教訓(てんぞきょうくん)」と「赴粥飯法(ふしゅくはんぽう)」という、食事の作り方と食べ方のマナーを書いた書物を残していて、考え方や型がきちんと残っているんです。宋に留学されていた時に見聞されたことを日本に伝えようとされたので、まずは型から入られます。それが、現代まで伝わっています。

喋らないで食べると、食べることに集中するので、食べ物の味がよく分かるんです。つまりそれは、典座の方々が修行僧の方々のことを思って、ていねいに作るごはんを、味わって食べるから美味しいということなのだと思います。

―「ていねいに作るごはん」というのはとてもいいですね。先ほどいただいたごはんからも伝わってきました。―

藤井:精進料理は、食べて心地がよく、すっきり消化でき、夕方にはまたお腹が空きます。皆さん食べた後は「ほっとする」っておっしゃいますね。私自身が精進料理をするようになって36年目になりますが、飽きない料理だなと思います。

―普段のお食事でも時間をかけて何品も作られるのですか?―

藤井:基本はご飯とお味噌汁、あとはお魚を時々、という感じです。お肉は自分で買って料理することはほとんどないです。お味噌汁の具は、だいたい、お野菜。今の時期(夏)なら、かぼちゃ、ナス、時にお豆腐やわかめも入ります。面倒な時は、ピーマンを切って、種ごとグリルして塩だけで食べるようなこともしますよ。

―それも美味しそうです。季節のものを意識して食べられるのですか?―

藤井:そうですね。精進料理のキーワードに、身土不二(しんどふじ)というのがあるんですが、人は自然と切り離されて生きてはいかれないということです。それは、季節の旬のものをいただくことだったり、海を渡ってきたものではなく身近なところで採れるお野菜を食べるということにもつながります。和尚も、四里四方のものを食べていれば間違いないと言っていました。

―とはいっても、今はスーパーに行けば1年中何でも買えるので、何が旬なのかよくわからないです。―

藤井:マクロビオティックの提唱者の桜沢如水先生の、さらに先生にあたる石塚左玄先生という方がいらっしゃるんです。福井藩の藩医で、「食養」という考え方を最初に提唱された方なのですが、その石塚先生がどの季節にどんなものを食べたら良いかを歌にしています。

「春苦味、夏は酢の物、秋辛味、冬は油と合点して食へ」

春は山菜、夏はトマトや酢の物などの酸っぱいもの、秋の辛味というのは夏に水分など取りすぎて緩んだものを絞るという意味で生姜や鷹の爪など、冬は油で寒さに備えよ、という意味なんですね。これを覚えておくと、どの季節に何を食べたらよいかわかりますよ。あと、夏はきゅうりとかトマトとか、瓜系の熱をとるもの。冬は根菜で身体を温めるものですね。

もう一つのキーワードが、「一物全体」(いちもつぜんたい)、すなわち一つのもの全体を使い切る。大根だったら葉っぱも皮も全部食べることが大事、全体を命と考えて、捨てるという殺生をしないということです。実際、皮とか葉っぱに栄養があるんですよね。

日本の食文化と共に、背景にある哲学を伝えたい

―藤井先生は海外でもいろいろな国で精進料理を教えていらっしゃいますね。―

藤井:今年は26日間、フィンランド、フランス、ドイツ、イタリアに行きました。ここ10年ぐらい毎年行っているのは、パリで「JIPANGO」という日本文化を紹介するクラブをやっている知り合いがいて、彼女の企画でパリのイベントで教えています。あとは、その時にあわせてロンドンで和食を教えている方のところに行ったり、昨年はベルリンの日本大使館に行かせていただいたり。他にもハワイやタイなど、いろいろなところに行かせていただいています。

―海外で精進料理をふるまわれる時、どんなことを考えているんですか?―

藤井:日本の食文化とその背景にある哲学ですね。和食をふるまうことなら、料理人であれば誰にでもできるけれど、さらにその背景にある、道元様の典座教訓にある型とか、作らせていただく時の気持ちとか、そういうことを語るわけです。あとは、「食べる時には腹八分目で」とかね。すると、参加者の方から「僕の国でもおばあちゃんからそういうことを教えてもらいました」と言われたり。それはポーランドの方でしたが、どの国でも共通するものはあるんだなって思いました。

―食材は現地のものを使われるんですか?―

藤井:昆布とかしいたけのような軽いもの、あと車麩や高野豆腐などの乾物は持っていくこともあります。調味料は大きな都市であれば味噌、醤油、みりんまでありますし、お野菜は現地のものを使います。ヨーロッパはオーガニック市場が日本より20年は進んでいて、オーガニックスーパーがどこにでもあります。


最近は日本の発酵文化に皆さん注目されていて、これから日本の発酵食が広まっていくでしょう。
食についての関心や興味って、国は違っても共通項があるんだなと思います。

―毎年海外に出かけて、現地の方にお料理を教えているのはすごいことだと思うのですが、そこまで動ける理由は何でしょうか。―

藤井:楽しいから!金銭的には全然割に合わなくても、経験として面白いし、私はそういうのが好きなんです。学生時代、ワンダーフォーゲル部で山歩きをしていて身についた、フットワークの軽さというのがあるのかもしれませんね。よく考えてみたら4カ国乗り継ぎで移動するって結構しんどいんですけど、でも、異なるカルチャーの人たちと接することが楽しい。このままのペースで年に一回ぐらい海外に行って、若い人たちに知恵を伝えたいなって思います。

身体をリセットするための知恵としての食

藤井:最近思ったのは、良い会社というのはスタッフの食を大事にしているということ。ベルリンで100名ぐらいのデザイン会社を見に行きました。そこではオーガニックの農場から届いたお野菜が並んでいて、みんなで食べるんですよ。そして、5、6名のお片付けチームが、ニコニコしながら片付ける。それは、創業者の方がそういう考え方の方で、片付けもエコのことまで考えてゴミの始末もきっちりする。世界中にオフィスがあって、どこでもそういう運営をしているのだそうです。

それを見ていて、「この時間はすごいリフレッシュなんだな」と思ったんです。きっと皆さん、ずっと液晶画面を見ている方々でしょう。それでいいデザインをするために、「いい食べ物じゃないといい発想が生まれない」ということだと思うんです。

忙しい人って、どうしても食の部分がおろそかになっていってしまいます。身体を壊してようやく気づく。そういう方を何人も見てきました。精進料理やマクロビオティクスは、自分の身体がちょっと悪くなってきた時に、良いものを食べて調子を戻す。そういう知恵として使えばいいと思うんですね。精進料理は、「食べねばならない」というものではない。お肉を食べたいなら食べればいいんです。

「やればいいのよ」って、若者の背中を押したい

―精進料理以外で、最近関心のあることってありますか。―

藤井:そうですね、最近は地球とかエコとか、そういうキーワードが気になります。

周りの子どもたちに、いい状態で地球が残っていてほしいと思います。ヨーロッパで最近、2020年までに使い捨てプラスチックは使用をやめるということが決まりました。遅いけど、でも決めないよりはいいですよね。

今度、新潟で農家民宿を始めた後輩のところに行って、料理するんです。彼は早稲田学院から早稲田に行ったのだけど、パートナーの人と一緒に移住して、農業を始めていて、そういう人を応援したいなあと思って。若者がそんなふうに考え方や暮らしを切り替えていくことって、すごい希望ですよね。

そんなこんなで地方に行くことがちょくちょくあるのですが、今一番強い人はいい食べ物を持ってる人だと思うんですよ。自分で作れたりね。お金を持っていても買いきれないもの。

―最後にお伺いしたいのですが、今の藤井先生から、60歳の自分に何かを言ってあげるとしたら、どんなことを言いたいですか?―

藤井:60歳のときですか………。私、60歳のとき、シルクロードを陸路でいく100日の旅に参加したんです。多摩美大の先生が、「シルクロードのシルクって女性が昔から触っているものだから、女性だけで陸路をいく旅をしましょう」っておっしゃって、奈良の正倉院からスタートしてローマまで。私は食の見聞だったのですが、先生方はアートや建築ですね。

その旅に参加した時に、「あ、やればできるな」って思ったんです。やらないのは自分がやれないと思っているだけなので、やりたいことをやった方がいいなって。「人生には締切がある」って山本夏彦先生もおっしゃいましたけど、原稿は締切がないと書けないように、実は人生もそうなのよね。

―60歳のときに得た気づきを生かして、今を楽しく生きられているの、素晴らしいと思います。では、これからの10年でやりたいことを教えて下さい。―

藤井:これまでやってきたことをまとめて若い人に伝えること、若者で戸惑っている人の背中を押すことですね。「やればいいのよ」って。人生には締切があるのよって。やりたいことにストップをかけているのは自分なんです。お料理でもなんでも、一生懸命勉強するだけでアウトプットしない人が多いんです。もうね、一生懸命やっている若い人には背中を押す。もうやりなさいって。大丈夫よ!って、自分がやりたいと思っていることをやってみて、って。

やりたいと思うことって、天分のことだと思うんですよ。天分のことって、つらくてもつらくないんです。私も、料理なんて母と一緒にしたこともない人間だったの。でも、やっているうちに好きになってきて。

あと、これからは東洋医学とか自分の心身のことを学びたいと思います。いかに食べないかということを考えなくてはいけないなあと。ついつい3食、食べてしまうけど、この歳になると多分もうそんなにカロリーは必要ないかもしれない。

それでちょっと調子が悪いかな、って思ったら、食で身体をリセットすればいいんです。それは、必ずしも精進料理とかマクロビオティクスである必要は無い。最近はケトン食なんていうのもあって、精進料理とは真逆ですけれど、どちらが正解ということは言えないと思うんですね。こういうものは毎日食べねばならないのではなくて、体調を見ながら時々活用していくことで、健康に食べるための知恵だと思うのがいいんじゃないでしょうか。

―ありがとうございました。―
(取材・文:板垣朝子 写真撮影:宮地たか子)

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